モータースポーツ界における 女性のロールモデルになる

VOL.297 / 298

三浦 愛 MIURA Ai

レーシングドライバー
1989年生まれ。奈良県出身。子供の頃から兄とレーシングカートに乗り頭角を現す。大阪産業大学在学中はFIA鈴鹿ソーラーカーレースにも出場し優勝を重ねる。卒業後はF3をはじめさまざまなカテゴリーに出場し、2023年からは自らのレーシングチーム「Team M」を発足した。

HUMAN TALK Vol.297(エンケイニュース2023年9月号に掲載)

今から10年以上前の2012年3月号のヒューマントークに登場していただいたことがある三浦 愛さん。当時はちょうど大学を卒業されて、これからプロのレーサーとして羽ばたくというタイミングでした。
そんな三浦さんがプロレーサーの世界に飛び込んで経験を重ねた今思うこと、そして自らレーシングチームを立ち上げた想いなどを語ります。

モータースポーツ界における 女性のロールモデルになる ---[その1]

 大阪産業大学4回生の時にクラッチなどで有名な株式会社エクセディからスポンサードを受けたその流れで、右も左もよくわからないまま入社。会社の広報部門として働きつつレーサーとしても走るという2足の草鞋で社会人生活がスタートしました。実業団のスポーツ選手のように午前中は働き、午後からレース活動、レースウィークは特別有給休暇を認めていただくという働き方でした。2020年に退社するまで手厚いサポートをしてくださいました。

2017年 全日本F3選手権 Cクラス参戦 装着ホイールはエンケイ製FA021

速く走りたいが全てだった

 今にして思えば10年前は「速く走りたい」しか考えていませんでした。一人で走っているような、自分の力が全てという錯覚。でも実際はそうじゃなかったと今になってわかります。レースはやっぱり車という道具を使うスポーツなので、そこには車やパーツを供給してくれるメーカーさんや、車を仕上げてくれるエンジニアさんの力が絶対に必要です。何よりも経済的にサポートしてくれる人、特に子供の頃からカートに乗せる機会を与えてくれた親ですよね、そういう沢山の方々の力があって初めて走ることができる、それがこの10年でわかりました。
 父が実家で自動車修理工場を営んでいて、車が身近にある環境だったんです。自らもカートを趣味で乗っていた父の影響で、兄と共に私も小さな頃からカートに乗せてもらい、カートが生活の一部であるかのように育ちました。カートレースにはいつも父がメカニックとして帯同してくれて、全国や海外のレースにもずっと付いてきてくれました。当時はレースが特別なものではなくある意味日常で、当たり前のようにその環境を享受していましたけれど、今思えばそれはたまたま自分に与えられたものであって、全然当たり前じゃないんですよね。本当に家族には感謝しています。

自分の理想とする走りの追求

 レーサーとしてはスーパーFJに始まり、2014年からは全日本F3のNクラスに参戦。開幕戦で3位になり、第2戦で女性ドライバーとして初めて優勝しました。2015年にはシリーズ2位の成績も残し、2016年から2019年までは全日本F3のCクラスに参戦しました。またFIAソーラーカーレース鈴鹿にも10年間参戦し、7回クラス優勝しました。そして2020年からはKYOJYO CUPやインタープロト、スーパー耐久レースなど様々なカテゴリーのレースに参戦しています。
 自分の中では「レースに勝ちたい」というモチベーションよりも「自分の理想とする走りを極めたい」という想いがずっとあります。「速い走り」というものにもいろいろあって、車やタイヤを痛めつけてでも速く走る人もいますが、私はタイヤをいたわり、マネジメントしながら車への負担を最小限に、かつ速く走ることを追求したいんです。ただがむしゃらに攻めるのではなく、車を自分の手足のように操り、全てが自分の手の内にあるような、レース展開も含めて全ての先を読んで走れるドライバーが理想ですね。また車を〝作れる〟ドライバーであることも大切です。速い車に乗って速く走るのは言ってみれば当たり前です。その車のポテンシャルを最大限に引き出せるように、エンジニアとの会話も含めてどう仕上げていけるか、そういう能力もドライバーとしてはとても大切です。若い女性ドライバーやジェントルマンドライバーの方にコーチングする時には、そういうことも含めて車と会話しながら走ってほしいと伝えています。

2017年 FIAソーラーカーレース鈴鹿 クラス優勝

体力で負けないことの大切さ

 幼い頃からカートレースをやっていて、ある意味あまり苦労せずに表彰台に上がることができていたから、ちょっと調子に乗っていた部分があったんですね(笑)。それがヨーロッパのカートレースに参戦した時にガツンと打ちのめされました。路面のグリップが凄くて、コースを歩くとソールがくっつくほど。だからコーナーリングスピードもGも全然違って、まだまだ奥深く、難しい世界があると改めて感じました。それからもっと自分が努力すべきところ、やるべきことがあると余計にのめり込んで、高校生の頃からフィットネスジムでのトレーニングを始めました。また大学ではスポーツ健康科という学科があり、そこで身体に詳しい先生から食事をはじめ身体の作り方を教われたのは大きかったです。トレーニング専門の先生がトレーナーについてくれたりして、どのように身体能力が向上するか私が実験台となって倒れるまでトレーニングしていました(笑)。
 私も女性がモータースポーツのトップカテゴリーで戦うってことが体力的にどれだけ厳しいかということは、自分が身をもって感じているし、今走っている女の子たちを見ていて、そういうところで壁にぶつかっている人たちに自分の経験を生かしてあげたいなと思うんです。他のレース関係者ともよく話すんですけど、やっぱり女性がモータースポーツの場でもっと活躍することが話題性も含めて必要で、自分が歩んできた道や経験が役に立つんじゃないかなと思ったんです。それがチームを立ち上げるきっかけの一つにもなりました。

レースに入れば真剣そのもの

HUMAN TALK Vol.298(エンケイニュース2023年10月号に掲載)

モータースポーツ界における 女性のロールモデルになる ---[その2]

 チームを作ろうと思ったきっかけとしては、やっぱりある程度年齢を重ねてきた中で自分がドライバーとしてどこを目指すんだろうって考えてから。それまでは「ただ速く走りたい」だけを考えて、トップを目指してひたすら走ってきました。デビューからどんどんステップアップして全日本F3のCクラスまで駆け上がり、トレーニングを結構追い込んだりもしたんですけど体力的に男性に追い付けない部分も感じ、壁にぶつかったんです「レースをする意味があるのかな」って。

女性のレーサーは限界がある?

 現在私も参戦している「KYOJYO CUP」のように女性ドライバーが活躍できる場を作ってくださるのはすごくありがたいです。その一方で、甘えにつながってしまう部分もあるのかなとも思う。男性には敵わないからある意味レベルを落としたところで走らせる、そういう意味で「KYOJYO CUP」が存在しているんじゃなくて、女性だけの戦いの中であっても体力も精神力も必要だし、身体も鍛えないと最後のコンマ何秒のところは削れない、そんなレースの厳しさや楽しさを魅せる場でありたい。私は「KYOJYO CUP」ではキャリア的に見てもダントツの力を示さないといけないと思ってますし、ドライバーとしてもまだまだやっていくつもりです。ただモータースポーツという世界の中で自分がトップを目指すにはどうすればいいか、と考えた時にチームを作るというアイディアが生まれたんです。男性、女性関係無くモータースポーツの分野で何かを起こしたい、好きなレースの世界で女性が活躍する場を作りたい、そのロールモデルになればという想いがありました。

2020年からKYOJYO CUPに参戦し、シリーズチャンピオン獲得

クラファンで実感した想い

 「チームを作ろう」って思い立てばポンと作れるほど簡単じゃないことはわかっていました。レーサーとしての経験はありますが、チームづくりや運営となると全くの未知の世界。人、物、金をどうするか。そこでまず以前から懇意にさせていただいていたダンディライアン・レーシングの吉田エンジニアに相談しました。吉田エンジニアは相談に乗ってくれただけではなく、スタッフィングまで面倒を見てくださって、本当に助けていただきました。そんな吉田エンジニアをはじめとした多くの方の後押しがあったおかげでチームとして形になる目処はつきましたが、お金だけはどうにもなりませんでした。そこで、クラウドファンディングで資金を募ってみようと思い立ったんです。目標金額100万円で始めてみたら、予想を大きく超えて122名の方が賛同してくださり、合計180万円以上の資金をご支援くださいました。お金の面は元より、これだけ多くの方が私たちの夢や目標をフォローしてくださった、そのことに本当に感動しましたし皆さんの想いが私たちを後押しする勇気にもなりました。そして発足した「Team M」には父や兄も加わり、レース参戦はもちろん子供さんや初心者に向けたイベントを開催したり、ドライバーやエンジニア、メカニックの育成も行うなどモータスポーツのフィールドをとことん楽しめる場を作っていくつもりです。

女性が活躍する道をつくる

 今カートで走っている女の子やレースが好きで興味を持って見てくれている女の子が大きくなった時に「もうレースは卒業」とモータースポーツを諦めて欲しく無いんです。女性にとってレースは趣味の話だけじゃなく、将来仕事をする場としてレースやモータースポーツ業界があってもいいはずです。一方で自分の私生活と両立しながら趣味としてモータースポーツを続けてもいいと思うんです。今の時代だからなおさらいろんな形でレースを楽しんでもらえたら、そんな環境ができたらいいなと思い、自分でこうしてチームを作りました。私がドライバー以外にもフィールドレポーターをしたり製品開発に携わったりレーシングチームを運営したりすることで、女性がこの業界で輝ける道を示すことができたら…そんな想いが私を突き動かしています。女の子だってレースの現場でバリバリ働くことは良いことですし、能力を発揮できる職種はいっぱいあります。モータースポーツが好きな女の子がそれぞれの能力や個性を活かした役割を担い活躍する。「Team M」を作ることで、後に続く人を育て、世界にもっともっと広めていく、そして私が挑戦する道が未来の女の子の道標になったらいいなと思いながら日々励んでいます。

2020年より3年間はスーパーフォーミュラの公式ピットリポーター、
現在は公式アンバサダーとしてモータースポーツの魅力を発信している

イベントでコーチングも

小さな子供には人一倍やさしく

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